真実の自己と対面しよう 頭で考えるばかりでは解決しない世界がある

私たちはさまざまな希望や期待、欲望を担って生きています。人の役に立ちたい、いいカッコがしたい、異性にモテタイ、楽をしたい美味しいものが食べたい、金持ちになりたい、事業を成功させたい・・・自己実現への欲求と言い換えられ、そのためにこそ人生が各個に与えられているものと思われています。[E:basketball]


それらが叶えられるごとに満足感や幸せを感じますし、願いが叶えられないときや失われることがあると不幸だと思います。泣き笑い人生といいますが、一喜一憂、自分の思いに適うとよかったといい、意に反する場面では不運や身の不幸を嘆きます。[E:fastfood]


近代とは「万人の万人に対する闘争状態」になるとホッブスが告げたように、一人ひとりができるだけ自由にその欲望を解放しながらも、同時に一定の社会的な秩序と公共の福祉も実現できるシステムを如何に構築できるのかを問う時代でした。いま、テレビラジオ新聞ネットに溢れる広告情報はあらゆる商品の販売を競い、社会もそして国や地方の政治も国際情勢もすべては人々の欲望満足度をお金の指標で計る経済が基本となっています。[E:sign05]


個々人にあっても限りなき欲望と現実とのギャップのなかで心は一瞬とて安らぐことはありません。現代人の不安と恐れの根源には近代そのものに付随する根源的欠陥があるということに気付かざるを得ないのです。[E:book]


かくして私たちはままならぬ心と身体に四六時中振り回されるわけですが、特に頭で物事を処理することの得意というか速いというか、価値観として頭がいいことがよいことであると考える人たちのなかには、時に頭脳がシステムの暴走したコンピューターのようになることがあります。神経症とかノイローゼ、神経性何とか・・脅迫神経症etc.です。[E:bell]


特に今日の日本人が忘れている大切なことがあります。それは心と身体の主体者、主人公である霊体(Soul)、古い時代に私たちの祖先がミタマと呼んだタマシイのことです。インドでは今日も伝統医学が生きていますから、心と身体が混乱しているときに瞑想することを勧めます。仏教でもそしてイスラム教やキリスト教でももちろんおよそ宗教と呼ばれる教えには必ず瞑想法がセットになっているものです。[E:wink]


現代人に必要なことは、真実の自己と対面する時間を持つこと。自我とかMindと呼ばれる偽物を非自己と覚るトレーニングがこれほど求められる時代もなかったと思います。[E:bottle]


西洋医学で投薬された結果、ど壷にはまってゆく人は多いのです。精神、神経がおかしいと感じたら、まず思考を止め、自分自身のSoulミタマと対面することです。丹田に意識を鎮め、ゆっくりと鼻で息をしつつ、心や身体に振り回されている自分の意識を静かに観察します。薬でなおそう、薬で治ると考える発想自体がすでに誤りなのです。[E:school]

広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中